日本の報道の自由に関する勉強会 in ロンドン

1.イギリスでの勉強の場。

日本人留学生や在留邦人が行う勉強会は、イギリスでの学びの場の一つです。外国にいるからこそ得られる視点、会える人、聞ける話があります。私が参加していた勉強会には、IDDP(英国開発学勉強会)と、所属の大学LSEや学内サークル、Oxfordのビジネススクールが開くイベントなどがありました。

この勉強会は、社会課題に関して旬の人から話が聞けるというもので、昨年に初回があり、これまでに何度か行われていたようですが、私はこの回に初めて参加しました。

2.表現の自由・報道の自由と人権に関して。(藤田早苗氏・永田浩三氏)

日本人で在英の人権専門家である藤田早苗氏と、NHKの『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』のプロデューサーを務めた現武蔵大学社会学部の永田浩三氏を招いてのもの。

内容は、特定秘密保護法によって、報道の自由が制限されるのではないかということに関する講師からの話でした。

藤田さんは、報道の自由に関する制約の件で、国連の国連人権理事会特別報告者デイビッド・ケイ氏が日本を訪問し調査する道筋をつけた人物。(関連の情報等については、日本の表現の自由を伝える会HPをご覧ください。)また、永田さんは、私も小さいころからよく観ていたNHKスペシャルやクローズアップ現代のプロデューサーを務めていた方ということで、かなり話を楽しみにしていきました。

話の中で、外部的な制約よりも自主規制によって報道の質が落ちていること、また、記者クラブ制度によって既存のメディアが既得権益を守ろうとし、それが報道の自由を妨げているという話が印象的でした。報道機関が自らの利益のために、報道の自由を殺しているというわけです。

3.人権は相対的な概念。

また、国連からの特別報告者来訪について私見を述べます。私は、「人権」というのは普遍的な概念ではないと思っています。正確には、「現在ある枠組みになかでは、より普遍的な概念である」というくらいのものだと思います。そのため、世界で広く使われているわけですが、だからといってこれに従えばいいというのでは、問題を起こします。人権的思想は西洋の啓蒙思想から出てきたもので、それがピッタリ他の文化・社会制度にはまるということはないと考えています。また、時代が変わればその本家の制度や考え方ですら変更・適応を必要とするものです。ですから、日本の人権に関して、国連のような「国際社会」や他国がものを言ってくるときには、それに反発する勢力と、賛同する勢力によって衝突が起きるのが必然だと思います。そういうぶつかり合いの中で、どのようなところに守るべき権利や、それを保障・制約する制度を落ち着けていくのか、またそれをどのような過程で実現していくのかが重要だと思っています。その際には、国際的な勢力図から必然的に西洋的になる国際的なコンセンサスが求めるものを前提にしつつも、国内社会で文化的・資源的に実現可能なものを考慮して国内政策を決定していくことになると思います。

 

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「住民投票・国民投票専門」ジャーナリストとの出会い

イギリスという国に、しかもイギリスがEU離脱を問う住民投票を行うというタイミングで滞在しているからこそ、という出会い。各国を移動しながら、世界の住民投票・国民投票に関する取材を続けている大芝健太郎さんに会うことができました。私は、政策や市民参加といったことを専門にしているので、非常に興味があったのです。そんなわけで私たちは、ロンドンのガーデンバーで会うことになりました。

大芝健太郎さん

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写真からのリンクは、住民投票の記事につながっていますが、最近だと同性婚に関しての現地人インタビュー、現地在住日本人のインタビュー動画を上げたりしています。

 

住民投票・国民投票とは。

住民投票(国民投票)は、民主政治を構成する一つの制度で、住民・国民が代表(議員)を通さずに物事を決定する直接民主制の制度です。一方、代表を通して物事を進めていく間接民主制も現在の政治制度では使われています。

日本では地方政治の場面では、地方議会の解散請求、首長・議員の解職請求に関して住民投票が行われてきましたが、国政においては国民投票の制度はあるものの実施したことはありませんでした。それが近年、国民投票法が成立したり、与党自由民主党が改憲を目指した動きを強めるなどして、国民投票が現実味を帯びてきたところがあります。

ヨーロッパでは、ブルガリアでの原発国民投票(日経記事)、スコットランド住民投票)などが行われてきており、2016年にはイギリスのEU離脱の是非を問う住民投票が行われました。

 

なぜ住民投票を取材するのか。

一人一人が決定に関わる制度は、民主主義の制度として重要なもので、大きな問題に関しては直接参加による決定が重視されるべきだと言っていました。それと興味深かったのは、住民投票は、民主主義の究極の形ともいえる有権者全参加の制度で、常に大きな関心を集める、と言っていたことでした。確かに、一つの問題に対して、皆が集まって賛否を問うという行為は、必然的に内部的な盛り上がりと、内外の人にとってのニュース性が高まるという面があるかもしれません。

 

どうやって住民投票を取材しているのか。

「旅するジャーナリスト」という肩書きの通り、各地を移動しながら取材しているそうです。ちなみに、お会いした次の日には次の取材地に向けて、ロンドンを後にするということでした。話を聞いていると、地方都市を巡ったり、地元の人と交流して情報を得たりているなという感じです。この辺は、ロンドンなどに拠点を置く大手メディアにはなかなかできないことだと思います。帰国して、取材報告のイベントなどに出るそうですが、こうやって得た情報は日本の人たちにはかなり興味深いに違いありません。なにせ、ロンドンに住んで一年くらい経つ私にとっても全く知らないような地方の話、その辺の人たちが考えていることを取材しているのですから。

 

現代ジャーナリズムの中のフリージャーナリスト。

インターネットが発達したことで、ブログをもって発信し、記事を各種メディアに配信する、というような、既存のメディアに属さないでもフリーのジャーナリストとして活動していく可能性が高まっています。また、そうしたフリーの立場の人間だからこそ、広告主や政府などに気兼ねなく、ありのままの情報を伝えることができるのかもしれません。

 

振り返って日本の憲法に関する国民投票に関して。

海外で起きていることから自らを振り返って考えるということは大事で、やはり、日本はどうなんだろう、憲法改正の国民投票が話題になっているが、というところに話が及びました。

「国民投票をすれば、劇的に国民(有権者)の政治への関与が変わる可能性がある」「政治を自分たちの手に取り戻す、ということだ」

ということを語っていました。

私は直接民主制的制度が行われるようになったからといって、急に国民が政治参加を積極的にするようになったりすることはないだろうと思います。しかし、ルールというのは作った時点で常に古く、いかなるルールも常に改善検討の対象となるべきだという考えなので、憲法も当然、議論の対象になるべきだと思っています。それは、大芝さんがいうように、自分たちが関与する、自分たちの手に取り戻すということと同義だと感じました。

 

国民投票の議論で必要なことは。

私たちが語り合ったのは、「現状を把握し、目的地を知ること。」ということでした。ここはなぜか奇妙なほど意気投合。

現在の社会はどのようになっていて、どのような課題があり、どのような資源があるのかを知るということ。そして、この社会が向かうべき先を定めること。これができることがやはり重要で、そのためには、社会にはありのままの情報が提供されて、そうした情報を元に目指すべき方向に関する議論が十分に行わることが必要です。そのためには、教育も相当重要な位置を占めるということを大芝さんは語っていました。

 

そしてなぜか話は岡本太郎へ。

私は最近、岡本太郎の 『今日の芸術 -時代を創造するものは誰か-」という本を読んで、これはいいなと思っていたので、「最近岡本太郎の本読んだらすごく良かったんですよ!国民投票の話とすごくつながってくるんですよ!」ていう話をしましたら、

「岡本太郎の『自分の中に毒をもて』は、取材の旅にも持ち歩いてます。」

という話になりまして。あの人すごいですねという話に。

私の視点から何がすごいかといいますと、「時代を創造するものは誰か。 それは一人一人です。あなたです。専門家みたいなことができなくても、うまい絵を描けなくてもいいから、自分を表現するのです。そこに価値がある。それが芸術というものです。」ということを、芸術の話を通じて語っているわけですが、それを、芸術の世界だけのこととして語っているのではない。日々の生活や仕事、日本の文化等の全てに関して言えることだと言っているのです。

そしてそれは、政治の話にもそのまま言えるわけです。政治家や官僚に任せておけばいい、というようなことではなく、一人一人が現在の社会に責任をもって判断をする、それによって新しい文化・社会をつくりあげていくことが大事だ、という考え方、社会の運営の仕方に繋がります。これがなかなかうまくできていないというのが多くの国で問題になっていると思われるのですが。

 

結構、その他の活動が興味深い。

そんな話で盛り上がり、更けていったロンドンの夜でした。取材や執筆に忙しい大芝さんが時間を割いて会ってくださったことに感謝します。どうぞ、道中お気をつけて。

ちなみに、「旅するジャーナリスト」大芝さんの「旅する」の部分が結構楽しそうでもあります 笑 海外在住の方は、こういう部分でも関わることがあるかもしれません。

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「勝木洋臣さんの司法試験受験を応援する会」の発足

重度の障害を理由に司法試験の受験を断られた勝木洋臣さん。彼の司法試験受験を支援する会が発足しました。私は、呼びかけ人として関わっています。受験の先の、合格、法律の専門家として働くことに繋がることを目指します。

 

1.勝木洋臣さんについて。

勝木さんは、東京大学大学院在学中に司法試験受験の条件となる予備試験合格を果たし、その後、受けた脳腫瘍の摘出手術で障害を負いました。

 

2.障害を負った後。

  • 脳幹に受けたダメージにより、書字、発話ができない状態になりました。
  • 司法試験受験に対する強い意志を、以前と変わらず持っています。
  • 医療関係者、家族による支援を受けて懸命なリハビリを続け、身体の動きを徐々に回復中です。キーボードは打てないものの、スイッチによるパソコン操作をトレーニングし、受験に備えています(法務省は、キーボードを指で打てず著しくパソコン操作に時間が掛かる場合でも、試験時間の延長や特別措置により受験することを認めています)。

3.受験資格があり、受験する意思もあるのに受けられない理由。

平成27年司法試験を受けようとした勝木さんに対して,法務省が「特別措置を講じても受験困難」と判断しました。そのため,洋臣さんの受験は叶いませんでした。

 

4.法務省の司法試験に関する規定とその運用

そもそも、司法試験のルールは、障害がある人の受験に関してどのように定めており、どのように運用されているのでしょうか。

受験資格に関しては司法試験法と関連法令が定めており、それに基づいて法務省の司法試験委員会が運用しています。試験の受験資格と、障害のある人の受験に対する「受験特別措置」の対応は、平成28年司法試験の時点で以下の通りとなっています。

平成28年司法試験の受検資格 (以下は資料より抜粋)

○ 司法試験法(昭和二十四年法律第百四十号)(抄) (司法試験の受験資格等)

第四条 司法試験は、次の各号に掲げる者が、それぞれ当該各号に定める期間において受けること ができる。

一 法科大学院(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第六十五条第二項に規定する専門職大学院であつて、法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的とするものをいう。)の課程 (次項において「法科大学院課程」という。)を修了した者 その修了の日後の最初の四月一日から五年を経過するまでの期間

二 司法試験予備試験に合格した者 その合格の発表の日後の最初の四月一日から五年を経過す るまでの期間  《勝木さんはこれに該当するため受験資格がある。》

引用以上

 

司法試験特別措置実施概要 (以下は資料より抜粋)

「視覚障害,肢体障害,その他身体に障害等がある場合は,審査により,障害等の種類・程度に応じた 特別の措置を行います。また,出願後,不慮の事故などにより負傷した場合などにも,身体に障害のあ る場合に準じた受験特別措置を行いますが,申出が試験日の直前である場合や申出内容によっては,対 応できないことがあります。詳細については,法務省ホームページ(http://www.moj.go.jp/)を御覧 いただくか,司法試験委員会に問い合わせてください。」

(下線、太字は筆者による。)

引用以上

現在の制度は、「障害があったら受験時の特別措置を申し込むことが出来ます。ただし、(障害が重かったり、主催者側の負担になるような場合には)審査によって、特別措置の提供を却下します。」という内容になっていると読み取れます。

これは、2016年4月に成立した障害者差別禁止法が、「その実施に伴う負担が過重」であれば、行政機関が社会的障壁の除去に配慮をする必要はないと規定しているため(第七条 2)、特別措置の実施に伴う負担が過重なのであれば、障害を理由に受験者を排除したとしても法的にはとがめられない対応であると言えます。

しかし、「障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資する」(同第一条)という法の趣旨には反すると考えられます。

 

5.勝木さんが目指すもの。

  • 司法試験の受験(平成29年5月~)
  • 受験時の特別措置を受けること(具体的には、試験時間の延長・電子版六法の利用 など)
  • 意思伝達環境の改善(ICTを用いた支援の活用)

6.「勝木洋臣さんの司法試験受験を応援する会」の趣旨

障害者の権利条約・障害者基本法および障害者差別禁止法にもとづいて,当事者が合理的な配慮を受けて受験できるよう試験実施主体である法務省に働きかけます。また,当事者の受験を実現すること,および,身体障害に関わらず障害を持つ人々であっても受験できる環境の実現に寄与することを目指します。

 

7.皆様にお願いしたいこと。

受験に向けては、リハビリテーションや介護制度利用などの面、法律の学習に関する面など、様々な支援が必要になります。具体的には以下のような支援を必要としていますので、いずれかの点でご協力いただけると大変ありがたいです。

  • 各専門分野の知識・技術支援(法律・医療・介護制度およびコミュニケーション技術 など)
    • 各種制度の利用が家族多忙のため十分ではありません
    • 入院時の医療的ケアは最低限確保されていますが,リハビリのほとんどは家族によるもののみです
    • 転院および在宅移行のノウハウが十分ではありません
    • より効率的なコミュニケーション支援技術が適用されていません
  • 医療・介護支援者の確保(専門医師・看護師・コメディカル・ヘルパー など)
    • 外出および在宅におけるスタッフの確保の見通しが立っていません
    • リハビリ専門職の介入が不十分です
  • その他生活および受験に関わる支援

また、上記のようなご支援を頂けるかどうかに関わらず、呼び掛け人・賛同人になっていただければ幸甚に存じます。

現在の呼び掛け人・賛同人一覧については、以下のリンクをご覧ください。

「勝木洋臣さんの司法試験受験を応援する会」の発足

ご支援いただける方は,下記メールまでご一報いただければ幸いです。

呼びかけ人:菊田諭 kikuta.sa@gmail.com

 

 

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イギリスでの病院利用 【 NHS(公共無料医療システム)、日系病院、プライベート病院 】

たまに家族を連れて病院に行きます。これまで、NHSと日系病院を利用しました。英国系プライベート病院はまだ行っていません。

スリランカでは、サッカーで肉離れをした時、デング熱にかかった時などに病院を利用しましたが、そんな重病の時、無料で利用できる病院は怖くて利用できませんでした。医療の質が低いからです。例えば、「肉離れしてしまって」と言ったら、足を触ることも見ることもなく、「肉離れですね。薬を出しておきます。」という感じで、薬剤師の人は、薬を小さいスコップみたいなので、ざっくりな量をすくって小袋に入れてよこす、というような感じです。薬の名前は伝えられません。多分、何かのジェネリックです。薬の外観は、ジェネリックのさらにジェネリックぐらいの質感です。

スリランカでは、無料医療は低質だが誰でも受けられるもの、プライベート病院は一回かかると下手したら月給分くらい持っていかれるが、質は圧倒的に高い、というものです(日本人には満足できないと思いますが)。

それで、イギリスですが、スリランカと同じようなシステムになっています。おそらくスリランカを植民地支配していた時代に、自国の制度をスリランカに持ち込んだのでしょう。NHSは税金でまかなわれており、診れば診るほど費用がかさみ、赤字になる可能性が高くなるようなシステムのようで、医者はこっちが訴えたことしか診ようとしない、という印象です。ずーっとNHSにかかっていたら、多くの人が病気の見逃しで死んでしまうだろうと私は本気で思っています。

そのようなわけで、イギリスのNHSはここぞというときに利用できるかどうか怪しいです。どうしてもNHSをメインで利用しなくてはならない場合は、NHS、NHS、NHS、日系またはプライベート、NHS、みたいに日系かプライベートを挟んで、病気見逃しリスクを回避するのが妥当な策ではないかと思います。

NHSに対する私の見方はそんなものなので、以前、子どもが高熱を出した時は、迷わずActon Townにある日系病院に連れていきました。両方行って比較してみると、日系病院の先生の方が、考えられる病気などを丹念に観ているな、という印象です。ただ、日系病院にも欠点はあります。診療をすればするほど、薬を出せば出すほどお金が取れるわけですから(保険から払われたりするわけですが)、要らないんじゃないかと思えるようなものまで、また、NHSで手に入るようなものまで勧めてくる印象です。ですから、病院選択は、想定される費用、重篤性、保険に入っているか、を考慮に入れて行っています。

また、イギリスには、NHSの枠外にあるプライベート病院というものが存在します。スリランカと一緒です。これはまだ行ったことがありません。というかどこにあるかも今のところ知りません。とても高いらしいです。保険を装備して一度は行ってみたいものです。

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イギリスのチルドレンセンターと保育園

子どもを連れてますと、遊ばせたり、勉強させたりしたいなと思うわけです。イギリスには、ちびっこたちが同年代の子どもと遊んだり、ちょっと勉強したりできる場所、チルドレンセンターというのがあります。

結構そっちこっちにあるようで、うちの周りでは5個発見しました。どんな感じで利用できるか。まず、自分が住んでいる地区の中の一つのセンターで登録します。そうすると、もう地区内のどのセンターでも使えるようになるようです。

South Kensington周辺のチルドレンセンターの週間タイムテーブル

近所にあるChildren’s CentreのHP(どこのセンターもホームページは充実してないようで、ネットで情報収集するのが大変です、、):Chelsea Open Air

 

それと、大事な点として、このセンターは健康状態(や恐らく虐待の有無)を確認したり、保健サービスを提供する拠点となってもいるようです。まず登録するときには、子どもの伸長、体重などを計測されました。「裸になってね」といって体重を計ってる時にさりげなく体をチェックしていたような、、、そして、検査終了後には、保健師(たぶん)がいろいろ健康に関する質問をしたり、家庭訪問の予約をする、みたいな感じです。

このとき発覚したのですが、どうも以前NHS(イギリスの無料保健システム)のGP(かかりつけ医)にかかったときに、本来なら保健師に繋がれていなければならなかったらしい。保健師の方が「GPに何か言われなかった?おかしいわね。どの病院?」と言っていました。二回くらいGPに行ったはずですがGPは全くそんな話はしなかったのです。こんな感じだと、保健サービスから漏れていく人が続出してるだろうなと思った次第です。

うちはあいにく、5つのセンターが程よく全て自宅から離れている場所に住んでいるため、登録後あまり行ってはいませんが、このチルドレンセンターは、それぞれ特徴のあるプログラムをやっているようなので、この曜日はここ、この日はあっち、みたいな感じで利用すると、それなりに子どもを遊ばせたりできます。

チルドレンセンターの他の場所で、ちびっこを遊ばせようとか学ばせようとなると、保育園(幼稚園)を利用するという選択肢があります。チルドレンセンターはただですが、こっちは20万円/月くらいかそれ以上が相場のようです。大学(LSE)の友人で、パートナー・子どもと一緒に来てる人とかは、保育園利用と、チルドレンセンター利用がだいたい半々です。家で、いろいろ指導できる環境の場合は、家+チルドレンセンターとか、家+たまに保育園一時利用とかでいいのかもしれないです。

チルドレンセンターはただなので、サービスの質はそんなに期待できないな、というのがありますが、一方で、保育園がどのような教育・保育をしているのかというのはちょっと見てみたいなというのがあります。帰国までに一度は利用してみようと思っています。

 

 

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イギリスのEU離脱で語られない移民問題

近年の欧州で注目されてきた社会問題の一つが移民問題です。ILOは、世界に2.3億人の移民がいるとしており、移民は増える傾向にあります。国境を越えた人の動きが引きおこす問題に市民も政治も敏感に反応してきました。例えば、6月24日に行われたイギリスのEU離脱を決める住民投票では、EU離脱派が、イギリスがEUを離脱すべき理由の一つに移民問題を挙げていました。投票の結果、イギリスの有権者はEU離脱を選択したのでした。

これまでの議論では、主に以下のような移民のプラス面とマイナス面が論じられてきました。

プラス面:移民を受け入れることによって経済的にはプラスになる。人の移動の自由が確保される。

マイナス面:移民のよってイギリス人の仕事が奪われる。移民が医療・福祉制度を移民が利用することで他の人たちに負担がかかる。

 

これらは、イギリスや他のヨーロッパの国などが移民問題について考えるときに良く挙げられる論点で、この観点から書かれた論文は多々あります。一方で、移民を送り出す国にもたらされる問題はほとんど語られることはありませんでした。

そこで、ここでは、イギリスのEU離脱で語られなかった、移民を送り出す国の移民問題について述べます。

 

1.頭脳の流出(Brain Drain)

移民を送る側の問題の一つに挙げられるのが、海外に能力が流出していく(Brain Drain)という問題です。

Eurostatによれば、流出していくのは生産年齢人口の人々が中心となります。例えば、収入が比較的低い国から、医者・看護師などの医療従事者がアメリカ、英国などへ大量に流出している状況があります。移住する当事者からすると、外国の方が施設設備、給与などの条件がいいので移住にインセンティブが働きやすいのです。私が以前住んでいたスリランカでは、「医者が、優秀だと思われる人から流出している」という話を聞くこともありました。

受け入れる国の側では、こうした移民を当てにしている面があります。実際、EU離脱派が勝った住民投票の前後に、イギリスでは、10万人単位の医療労働者を国外から受け入れていることを強調して、いたずらに移民に反対することをけん制する発言が離脱派・残留派の双方に見られました(Guardian:イギリスの移民医療従事者数の増加に関する記事)。税金をたくさん納める人、人材が足りていない分野の労働者には来てほしい、というのが受け入れ側の基本姿勢です。特に最近の流れとして、高額納税者に優遇策を講じる国が多くなっており、多くの研究がその点を指摘しています。

頭脳流出が送り出す国にとってのどのように問題か。それは、移民しなければ社会の中で活躍していくであろう人々がより良い待遇・生活を求めて流出してしまう、(例えば医療従事者の)教育・研修に資源を投入したのにその人材をどこかの国に持っていかれてしまう、という点にあります。EUがこだわり続けてきた原則でもある「人の移動の自由」は、こうして社会を支えるであろう人々を一部の国々から奪います。

 

2.社会制度の整備への影響

上記のような人の流出は、社会制度の未整備につながる、ということをOndettiがドミニカ共和国の例を挙げて指摘しています。ドミニカは、多数の移民をアメリカ合衆国へ送り出している国です。この国で、収入が周辺の国の中ではかなり多い方で、政治制度も整っているにもかかわらず、教育や福祉に関わる社会開発の指数が不相応に低いことが指摘されています。

この現象を、社会のある階層の人口が流出することと、外に出られるという選択肢が与えられていることによって、社会制度を改革する圧力が弱まる、とOndettiは論じています。例を挙げると、子育て世代が少なくなれば、育児・教育・周産期医療などの制度を充実させようという力が弱まる、というような形で、社会制度の構築がなされなくなる。もし、自国の制度に不満があっても、いざとなればアメリカに移民すればいいから、それを正そうとしない、という状況になるだろう、というわけです。

 

3.送金が格差を生む

祖国への送金は経済的にはプラスになるのではないかと思われるかもしれませんが、状況は単純ではありません。

移民が故郷に送金することにより、送金を受けられる家族とそれ以外の経済格差の拡大も懸念されます。これは私的な送金なので、国内で人々が給料として収入を得たような場合に比べ、政府が再分配的な政策で対応することが難しい面があります。そして、こうした外国からの送金による収入は、政府の社会保障政策などを求める圧力を低める可能性があります。豊かになった家庭は、もはや政府による政策に頼る必要がなくなる可能性が出てくるからです。これは、比較的貧しい家庭が必要とする政策が実行されないことに繋がる可能性があります。

 

4.貧乏人はなかなか移民できない→経済的な格差が拡大する可能性大

移民に際しては、移民する費用、移民するための情報、ある程度以上の教育、受入国の言語能力などが、移民が移民を決める際の、また、受入国が受け入れを判断する際の決定要因になっている場合が多いです。それらは、貧しい階層の人々にはなかなか手に入れられないものです。したがって、移民の自由が認められていても、貧困層は実質的に移民することはできず、上記2.3.で指摘したような移民を送り出すことによるマイナス面によって、ますます貧困に閉じ込められていく可能性が高まります。

 

さいごに:移民研究の現在と今後

 

こうした移民に関する課題は、近年の欧州の社会問題の一つになっていることもあり、授業の中でも取り上げられることが多かったトピックで、私が大学で受けていた授業6つのうち4つでこのトピックを扱っていました。

 

そのほとんどは移民を受け入れる側の視点から問題をとらえており、送り出す側の問題を検証しているものが非常に少なかったです。数少ない移民を送り出す国の問題を扱った授業も、中所得国や低所得国からヨーロッパやアメリカに渡るケースなどを想定していましたので、おそらくEUが掲げてきた、「人の移動の自由」によって生じる域内移民によって生じる社会的な課題はほとんど研究されてこなかったのではないかと思います。

 

私は、西洋(特にEUやアメリカ)では「人の移動の自由」がイデオロギーとして重視されている面があり、それは検証する対象というよりは、何としてでも実現すべきこと、という風に捉えられてきたことが、移民問題の研究を遅らせてきたのではないかと見ています。しかし、人の移動の自由は、状況によっては一国の中でさえ容易に実現できないという現実を直視すべきです。例えば、中国はEUと同じように巨大な人口をもち、域内経済格差を持ちます。そこでは、移動の自由に制限が欠けられてきました。そうした政策は、欧米からは批判や嘲笑の対象となる面がありますが、そうした政策から他の国々が学ぶことは多々あるのではないかと私は思います。因みに、LSEの中国人留学生の多くから「移民問題に強い関心がある」という話を聞きますが、彼女ら・彼らは、世界中の移民問題・政策を学び、中国に帰って国内の移民問題を何とかしたい、という問題意識で学んでいるケースがかなり多いです。

 

イギリスのEU離脱住民投票の結果は、近年盛り上がってきた移民に対する問題意識・嫌悪感情を表したものであったと思います。移民問題をより正確にとらえ、十分な対策を講じていくことができなければ、受入国側にも、送り出す国の側にも、問題を生じさせ、それが社会の不安定要因になり続けると考えられます。

今後、今後、これまでほとんど見向きされなかった送り出す国側の問題も含めて、国内・国外・域内・域外での影響について研究することが必要でしょう。そのうえで、どういうルールにするとどういうことが起きるのか、それに対してどのような対策が可能なのか、等について検討し、今後の政策作りに役立てられることを期待します。

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”Meet an Alum” 初参加。「直接会って話をする」にこだわる。

LSEでは、会社や国際機関などの団体が来て行うキャリアイベント、就職のアプリケーションフォーム・履歴書(CV)などの内容を見てアドバイスをくれる個別面談ベースの支援、インターンシップの機会で企業と学生をつなぐ、卒業生と学生が会う場をもつ形式のもの、などのイベントをCareerHubというところで提供しています。

今日はそのなかの、卒業生に会えるイベント”Meet an Alum”に行ってきました。卒業生と数人の学生が小さな部屋で話をする、というスタイルです。今日のゲスト卒業生の方は、Sustainable Investment(社会起業への投資や事業の技術的なフォローなど)の業界でイギリスとアメリカをベースに働いていらっしゃる方でした。

話の中で驚いたのは、日本の人たちとも仕事をしてきたというところでした。いくつかの良く知っている組織の名前が出てきて、「社会的起業支援・投資の業界でも国際的に連携しているのだな」と新しい発見になりました。それから基本的なことなのかもしれませんが、「Twitterで興味のある業界の人や団体をフォローして情報収集した方がいいよ」というのも参考になりました。今後、情報収集力の向上に努めるとともに、それをもとにして色々な人との繋がりを広げていきたいと思います。それから、今後のことについて、それぞれに個人的にアドバイスをもらえたのもうれしかったです。

大学ではよく、ノーベル賞受賞者や著名政治家などを招いて講演を開くのですが、そういうイベントに行っても、講演者との直接的関係でいえば、せいぜい少し質問をすることができるかもしれないとか、一言二言交わせるかもしれないというくらいのものです。しかもLSEでは、そうしたレクチャーはネットで公開されて、その場に行かなくても聞けたりします。一方で、少人数で自分の興味がある分野の人と会える機会というのは、自分が知りたいことについて質問できる、それに対して特に自分のために相手が話してくれる、そうしたやり取りを通じてその職業・業界の空気感のようなものを肌で感じることができる、相手からアドバイスをもらえる、など、良いことがたくさんあると思っています。しかも、この”Meet an Alum”というイベントは、その業界で活躍している人が来ているようなので、一流の人と直に話したり、相談したりできるという最高の機会になり得るのです。

ちなみに、この「直接人と会う」というスタイルの利点と、「直接1対1で会ったほうが得るものが断然大きい」という考え方を教えてくれたのは、LSEで出会った友人です。その方は、自分の興味がある分野の最高レベルのプロフェッショナルにコンタクトを取り、そして直接会い話し合う、ということを繰り返しています。例えば、会いたい人の動向をネットでチェックしておき、その方がロンドンにくると分かったら、コンタクトを取って会う約束を取り、会って話す、という形です。「ネットで誰かの動向を知り、電話やメールを使って相手とコンタクトを取り、会う約束をして、会って話をする。」というのは、技術的にはほとんどの人ができることだと思いますが、実際これを実行できる人が世の中にどれだけいるのだろうか、そして自分はそれができるのか、という風に考えさせられ、自分も実行していこうと思っています。これはLSEで学んだことの中で最大級に重要なことのうちの一つです。

上記の話に関連することとして、「〇〇大学院に進もう(かな)」と考えている方にぜひおすすめしたいのは、そこに通っている人や卒業生や教員と会う、それが難しい場合はメールなどでコンタクトを取る、ということです。私はロンドンに来てから、LSE進学を検討されている二人の方とお会いしました。どちらも素晴らしい方で、お互いのこれまでの経験や、興味を持っている学問のこと、将来のことになどついて、直接お話ができて、学ぶことがとても多かったです。今後も、そういう機会を持てればと考えています。

直接会う・人とつながる。今後もこだわっていきたいと思います。

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Society(ソサエティ)のイベントに出る

さて、こちらの大学にはSociety(部活動・サークルのようなもの)があります。

私は、青年海外協力隊員として駐在していたスリランカで、日本人の皆さんと在スリランカ日本サッカー部(スリランカをはじめアジアの方々も数人在籍されている)で活動していました。LSEに来ることになって、サッカー部に絶対入りたいと意気込んでいたのですが、学期の初めにセレクションのようなものがあって、そこで落選するという憂き目にあいました。その後、Societyとは距離がありましたが、先日、アメリカ、スリランカ、中国発展、韓国、国連の5サークルに試しに登録してみました。1サークルにつき500円くらいでネットから登録できる仕組みになっているのです。

すると、どうも大学やStudent Union(学生会)主催のイベントとは別に、各Societyがイベントを開催しているようで、次々に面白そうなイベントの案内が入ってきます。今日は中国発展Societyが、Webでブランド衣類を販売する会社を立ち上げた人の話を聞くイベントを開いていてちょっと行ってみました。昨日はチケットが売り切れていて参加できませんでしたが、中国発展SocietyがAIIB(アジアインフラ投資銀行)のイベントを開いていました。1月はアメリカSocietyのイベント「男と女の仕事の将来」みたいなタイトルのイベントに行きます。この辺の内容は自分にとってはかなり興味がある分野で、とても楽しみです。

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中国語コース、ついに移籍 (LSE語学コースの話)

LSEには、Language Centreが運営する外国語コースがあります。中国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、日本語など様々なコースがあり、私は中国語を週一回受講しています。中国語のコースにはLevel1~Level5まであり、各レベルにはFast Track(ちょっと早く進むコース)とStandard(進度が少し遅め)があります。ちなみに授業のレベルですが、大学の第二外国語で基礎を2年間学び、30歳前後に中国語講座で週一回2年ほど習ったくらいの私にとってLevel4くらいがちょうどいいかなという感じです。授業料についてですが、これら語学コースは本課程の科目とは別扱いとなっていて、LSE生は一年間20回程度×2時間の講義で4万円くらいかかります。外部者はそれより高くなります。

今日はついに、Level4のFast Trackに移籍しました。私の登録申請が遅れたために、当初はLevel4のStandardに在籍しつつ、希望クラスに空きができるのを待っていたのです。語学コースの登録は、本課程の科目登録とは別にLanguage Centreで行われるため、時期を逃さないように気を付けないと、1クラス10数名の枠がすぐに埋まってしまうので注意が必要です。

学生の中国語力の明らかな傾向として、日本人から見て他の国の人たちはしゃべる力と聞く力が高く感じられます。一方、日本人は読む力と書く力が強いようです。中国語の学び方の違いが反映されているのだと思います。なお、この語学コースの評価は、年間通して行われ、成績を満たせばCertificateというものを出るようです。ただ、これは学校が独自に出しているもので、HSK(漢語水平考試)のような公的な通用力がありませんので、学生(私)の課題に対するモチベーションは微妙なものがあります。今日は「最終テストは動画作成をすることになります!」という発表が先生からあったのですが、そんな時間あるのかな。。という空気が何となく流れた気がしました。

 

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入学の日

入学は、日本と違って入学式みたいなものはなく、とてもあっさりしていました。

学部ごとに集まったり、プログラムごとに集まったりして、教授が学部や課程についての話をする、という感じのオリエンテーションをそれぞれの所属でやっているようでした。この辺で、先生の英語や学生が質問したことが聞き取れなかったりして、「やばいな。」という感じになりました。CAS(大学が発行する学生受け入れ証明書類・番号)には、英語力はIELTSで8.0のレベルで授業を行うと書いてありますが、おそらく8.0あっても十分とはいえないと思います。

そのような形で危機感を感じながらすごした入学の日でした。

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